3:尋常なる日常

「平原側は応援が行ってるから、アルバは俺と山側で迎撃な!」

宿に駆け込んできたのは自警団の同僚で、獣人族の青年だ。
途中で交戦したのか所々に泥や返り血が付いている。
思ったよりも苦戦しているのかもしれない。

「わかった、行こう」

小規模とはいえ空からの群れは馬鹿にできない。
なにせこの村では空を飛べる者が居らず、遠距離攻撃や高所から飛びついての攻撃でひたすら戦うしか無いのだ。

「女将!ワイバーンが数体居たから、念のためいつでも出られる準備をしておいてくれ」

「あいよ!」

同僚は保険にと思ってか先輩に声をかけている。

個人的な意見としては、先輩も出てくる事態はあまり良くないな。
なにせ先輩は強いが、比例して戦い方は中々に豪快で、後始末が大変なのである。
先輩が自ら出てくる前に手っ取り早く終わらさなくては。

「手を貸すか?それなりだが腕に覚えはある」

そのやり取りを聞いていたセラータが、荷物を預けて歩み寄ってきた。

「今朝の旅人か、有難い!」

即座に返答する様子から、同僚の焦りが手にとるように伝わってくる。
どこか既に被害が出始めたのかもしれないな。

「悪いが俺達と一緒に行動して貰う。危険だと思ったら遠慮なく下がってくれ。落ち着いたら謝礼も弾むから、無理だけはしないでくれよ」

同僚は少し早口で伝えると、急ぐぞと言って宿を出る。
それを追って私とセラータも宿を出たが、早速空から鳥型の魔物が勢いよく向かって来るのが見えた。

抜いた剣で危なげなく切り捨てると、背後から感心したような声が上がる。

「いい太刀筋だね。師匠は?」

「両親。でもほとんど我流よ」

武器は収めないまま再び走り出すと、先を行っていた同僚にすぐ追いついた。
彼も同じように上からの襲撃に対処していたらしい。

周りを見れば、至る所で魔物の残骸や交戦の跡が見える。
村の裏手にある広場に差し掛かるためか、他の自警団員も周囲を警戒しているのが見えた。

「遅くなってごめん、加勢する!」

聞こえるようにと大きめに声を張ると、近くに居た少年が手を振り掛けよってくる。
この場にいる中では一番年の近い自警団の仲間で、パン屋の2番めの息子だ。

「遅いぞアルバ。さっき物見ものみやぐらがひとつ折られた。……っつーかその男、誰?」

「さっき村長の家に連行した不審者」

「だから冒険者だって」

一応加勢してくれる善意を持ち合わせた客人なのだが、私の対応は塩である。
第一印象が残念だったのだから仕方がないと思う。

「こら、遊ぶな。その人はまたアルバが案内買って出てた客人だよ、戦えるって言うから加勢頼んだんだ」

近くで応戦していた獣人族の同僚が、セラータにとっての助け舟を出してくれた。
このままでは客人の扱いが雑になると危惧したのだろうか。
しかし残念だが、私は扱いを変えるつもりは全くない。

「へぇ、有難うな!流石に女子供にも戦わせちまってるし、男手は助かるぜ」

少年はにぃっと笑ってご機嫌な様子だ。

「ところで、なんて呼べばいい?」

「セラータだよ、セラとでも呼んでくれ」

「わかった!」

村の者に対するのと何ら変わらない気安いやり取りは、見ていて微笑ましい。
しかしそれは彼がまだ知らないからだ。

「……知らないほうが良いこともあるわよね」

セラータが、魔王の息子だと言うことを。

 

***

 

「セラはさすが冒険者だな、動きに無駄がないよ」

「そうか?ここの自警団もかなりだと思うぞ」

村に多少の被害は出たものの、魔物の殲滅せんめつは危なげなく終えることができた。
村人総出で片付けをする傍らでは、思いの外仲良くなったらしい少年とセラータが、互いをたたえあっている。

「かなりって言っても、うちで突出して強いのは身軽な獣人の兄ちゃんたちと、傭兵やってた宿屋の女将と……あとは勇者の血を継いでるアルバくらいじゃないか?」

「へ〜、アルバちゃん勇者の血縁だったんだ」

サラリと個人情報を流出されている。
時代が違えば、ここで最終決戦が始まる流れだ、というか始まる前から終わるでしょ。

「直系かどうかは知らないけど、紋章は受け継いでるわよ」

互いに敵意がないのは確かなので、紋章が彫り込まれている耳飾りを示して見せる。
父も母もはっきりとした血縁は居らず、正直本当かどうかも怪しい話なのだ。
勉学よりも剣術のほうが適正があるというだけで、今の時代に勇者がどうのと主張するつもりは毛頭ない。

近すぎない位置まで歩み寄ってきたセラータは、しばしじっとアルバの耳元を見つめると、やがて眩しそうに目を細め微笑んだ。

「ほんとだ、綺麗だねソレ。俺は一応直系だよ」

「知ってるわよ、聞いたことあるから」

現魔王が初代魔王の直系だという話は有名だ。
それに加えて村長の家に連れて行ったのは他でもない私で、自己紹介していたのも覚えている。
そんなやり取りの最中、何も知らない少年がのんびりとした口調で問いかけてきた。

「直系って?なんの直系?」

「魔王だよ。三男坊だけど」

「魔王って、ここの領主の?」

「そう、それ」

少年は聞いた言葉が理解できないと言ったように確認をすると、やがて天を仰いで一つ叫んだ。

「……貴族じゃん!」

魔物の残骸ざんがいが散らばる広場に人はまばらで、少年の叫びはただむなしくこだまするのだった。

 

***

 

日が傾き始めた広場では、ひと組の夫婦がセラータの前で頭を下げている。
申し訳なさそうな表情の彼らは、宿屋の主人たちだった。

「ごめんねぇ、流石に客室が壊れた状態で営業するわけにはいかないから……」

「大丈夫だよ、代わりの寝床も交渉してもらったみたいだし」

宿の2階が魔物に壊されてしまったらしく、片付けて戻った時にはセラータが私の家に滞在する事が決まってしまっていたのだ。
特に不都合がある訳でもなく、村長からも頼まれたので断れない。
先ほど預けた荷物と一緒に返された宿代を受け取ると、セラータはにこやかにこちらを振り返る。

「ということでアルバちゃん。暫くよろしくね」

「随分嬉しそうね、世が世なら宿敵の実家なのだけど」

ニヤニヤしてるのが腹立つのでわざと悪態をついてみせるが、あまり効果は無くとても楽しそうである。

「言っておくけど狭いし、もてなしも期待しないでね」

「寝床借りられるだけでも充分だよ」

その言葉に嘘はなさそうで、旅暮らしだとそのようなものかと思わず納得してしまった。
仕方ないが帰ったら、少しでも過ごしやすいように部屋を片付けてやろう。

そう思いながら帰路についたのだが、程なくして通りかかった商店街では買い物中の母が、買い物カゴを抱えたまま商店の主と談笑をしていた。
よく見れば少し向こうの酒屋では同じ様に父も立ち話を続けている。
これは上手く逃げないと、荷物持ちのフラグがたってしまうな。

そう思って足早に通り過ぎようと思ったのだが、目ざとく私に気づいた母は、頬に手を添えながらおっとりと尋ねてきた。

「あらアルバ。新しいお友達?」

「村人全員知ってるような田舎でホイホイと新しいはできないよ母さん」

この人は辺境の村の住人がそんな簡単に増えると思っているのだろうか。
そもそもまだ、旅人が滞在するむねを聞いていないのかも知れない。
ついでなので紹介してしまう方が良いだろう。

「アルバは人見知りしないけど、お友達より旅人にばっかり話しかけに行くから心配で……」

「心配しなくても同世代は全員漏れなく友達だよ。村長から話、聞いてない?」

聞いていないならどこから話を始めるべきだろうか。
そうこうしている内に母の向こう側から、酒瓶を一箱抱えた父がやってくるのが見えた。

「アルバ、お疲れ様」

「ん、ありがと。父さんもね」

先程の襲撃の件をねぎらってくれているのだろう、父の手には私の好物である果実水が下がっている。
新しい酒もたくさんあるようだし、客人をもてなすには丁度いいかも知れない。

「ところでお前、その男前は恋人か?パン屋の息子と猟師のアイツはどうした」

「二股かけてるみたいに言わないでくれる?恋人とか居たことないから」

お礼を言おうと口を開いたところで、とんでもない爆弾を落とされてしまった。
自警団で組む機会が多い相手なだけなのに、父は一体何を見ているのだろう。

「私たちの娘なのに残念だこと……ところであなたは?」

母に当たり前のようにディスられた。

「……最初にそれ聞くべきじゃない?宿が壊れたからウチで世話する旅人だよ」

「冒険者のセラータです、初めまして。しばらくの間、お世話になります」

そんな私を放っておいて、引き継ぐ形でセラータは自己紹介をすすめる。
相変わらず、挨拶になると礼儀正しいようだ。
でもディスられた私をみて笑ってたの、ちゃんと知ってるんだからな。

「あらあら、ご丁寧に。アルバの母のシルバです」

「父のアルベルトだ」

両親とセラータはそれぞれ軽く握手を交わすと、世間話をしながら家に向けて歩き出した。
母はさり気なく私にカゴを押し付けて、父と腕を組むあたり抜け目ない。

「そういえば、セラータ君は魔王様の息子なんだって?村長から聞いたよ」

「はい、三男坊なもので自由にさせて貰ってます」

「あら、魔王様?領主様ね」

「領主様だな」

和やかに会話してるけど、これから向かうのは勇者の子孫の家だ。
それにしても、魔王の領地で細々と暮らす勇者ってなんだろうな。

「寝るのはアルバの部屋でいいかしら?アルバはソファで寝なさいね」

「肉は好きかな?ちょっと豚一頭買ってくるよ」

私が黙っている間にも、話はどんどん進んでいく。
狭い家に余剰な部屋はないので、一人娘の私の部屋が必然的に客室扱いになる。

「君の両親、対応軽すぎない?」

「よく言われる」

しかし両親は、落ち着いてからで良いからよく考えて欲しい。
私はこれでも年頃の女子であるということを。

 

 

 

 

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